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SPECIAL 対談|東京大学 教授・工学博士 鈴木宏正 様 × ラティス・テクノロジー 鳥谷 浩志

2021年4月21日

2021年
4月

日本の 3D 研究の源流を辿る

ここ数年、DX の必要性が声高に叫ばれ、日本でも多くの企業がデジタルツールを取り入れ DX の実現に挑戦しています。

製造業でも 3D CAD が普及し蓄積された 3D データを活用した DX に多くの企業が挑戦されているかと思いますが、今回、日本の 3D 研究の第一人者である、東京大学 工学系研究科・精密工学専攻 教授・工学博士 鈴木 宏正様に 3D コンピューティングの過去・現在・未来、そして 3D の意義について、ラティス・テクノロジー株式会社 代表取締役社長 鳥谷 浩志がお話を伺いました。

東京大学 工学系研究科・精密工学専攻 教授・工学博士 鈴木 宏正様とラティス・テクノロジー株式会社 代表取締役社長 鳥谷浩志

※ 今回はそれぞれが異なるロケーションから Web 対談を実施しました。


3D 研究の源流

鳥谷:
本日は対談のために貴重なお時間をいただきありがとうございます。

鈴木:
こちらこそ、こういったお話をする機会を頂き光栄です。

鳥谷:
私は学生時代、理学部に所属していたのですが、工学部で有名だったあの木村文彦先生の CAD、CAM の講義を受けて工学部に出入りしており、当時の佐田・木村研究室の付近でヒロマサさんと呼ばれていた鈴木先生のことを存じ上げておりました(笑)。

鈴木:
私も鳥谷さんのことを存じ上げていました(笑)。

鳥谷:
それは光栄です!では早速ですが、簡単に自己紹介をお願いします。

鈴木:
自己紹介をかねて、その当時の歴史から振り返らせていただきます。私は、1976年に東京大学(以下 東大)に入学しました。3年生で精密機械工学科という学科に進学し、4年生で卒論のため研究室に入るタイミングで、あとで詳しく説明しますが、木村文彦先生が電総研(現 産業技術総合研究所)から我々の学科に着任されました。

木村先生は電総研で人工知能のビジョングループに在籍されており、そこでは、画像から 3D のモデルを作る研究などがなされていました。例えば、モノクロの画像からエッジ抽出をして、エッジから 3D の多面体のデータを作るなどです。木村先生は、多面体のモデリングを主に研究されていました。

鳥谷:
3D 研究の源流はさらにたどれば、あの 「みどりの窓口」 の座席予約システム開発で有名な穂坂衛先生までさかのぼれますよね?

鈴木:
そうなんです。東大に穂坂先生がおられて、そこが 3D 研究の源流となっており、優秀な人材が集まってモデリングの研究をされていました。木村先生はそこで博士課程を取得されましたが、木村先生のすごいところの一つは、モデラーを実用的に使えるように、科学技術計算をするためのプログラミング言語 Fortran で多面体のソリッドモデラー GEOMAP-Ⅰ を開発されたことです。当時はコンピュータの互換性が劣悪で、Fortran で書くことは移植性の最低条件でしたが、それによって GEOMAP-Ⅰ はいろいろな人に使われ、応用を広げていくことになりました。

鳥谷:
データ構造として配列しか持てない Fortran では 3D モデルのデータ表現が難しかったのではないでしょうか。

鈴木:
GEOMAP-Ⅰ ではスタンフォード大(Stanford University)の Bruce G.Baumgart が提案した当時最先端の Winged-Edge という構造を使って、固定長でトポロジー構造のデータを持つようにしたので配列でも表現ができました。面の周りのエッジの数は一定でないのに、固定長で表現できるというのはビックリでした。

鳥谷:
Winged-Edge ですね!XVL の基盤である XVL Kernel でもそれを拡張したものを使っています。ところで、GEOMAP-Ⅰ は多面体のモデラーだったのですよね?

鈴木:
はい、そうです。曲面が出てくるのはそれよりだいぶ後の話になります。そもそも、歴史を紐解くと 1973年に PROLAMAT という会議がプラハで開催されて、そこで二つのソリッドモデラーの方式が提案されました。一つは、ケンブリッジ大(University of Cambridge)の Ian Braid博士の境界表現 B-reps(Boundary Representation)、もう一つが北海道大学(以下 北大)の沖野教郎先生の集合論的表現で、後に CSG(Constructive Solid Geometry)と呼ばれる方法です。ケンブリッジ大では BUILD、北大では TIPS-1(Technical Information Processing System)と呼ばれるシステムが開発されていました。

鳥谷:
東大の GEOMAP-Ⅰ は境界表現ですから、当時日本はソリッドモデラー研究の最先端にいたわけですね。その後の東大での 3D 研究はどうなったのでしょうか?

鈴木:
私の所属していた研究室の佐田登志夫先生は、ものづくりのデジタル化に対して先見の明を持たれた方でした。これからは、ちゃんとした 3D モデルをもって、設計や生産をモデルで統合しないといけないと考えていました。そこで、最初に申し上げたように木村先生を精密機械工学科の自分の研究室に招聘したのです。

木村先生も 「ものづくりは 3D の課題の宝庫。非常にやる意義がある」 という趣旨のことを、情報処理学会の論文に書かれていた記憶があります。佐田研究室では、GEOMAP-Ⅰ を使った自動計測システムや簡単なロボットを動かしたり、CAM ソフトの開発などをしたりしていました。私もモデリングの研究がしたかったのですが、希望はかなわず,修士までは有限要素法の研究をしていました。

ソリッドモデリングシステムの系譜

鳥谷:
1980年頃の話ですね。ところで、境界表現 vs. CSG という論争はその後どうなっていったのでしょう?

鈴木:
1982年の CG&A(IEEE Computer Graphics & Applications)という雑誌にソリッドモデリングの特集が組まれました。これが秀逸でこれを見ると当時の様子がわかります。研究開発をやっていた先生方のキャラクターも大いに関係したのですが、それぞれにこっちがいいんだという主張をしていました。CSG では、米国のロチェスター大(University of Rochester)の Herbert B.Voelcker先生らが開発していた PADL(Part and Assembly Description Language)というシステムは良くできていて、GM(General Motors Company)がそれを利用して CAD を開発していました。

GM に限らず、当時は自動車メーカーがこぞって自社で CAD を作っていた時代でした。CSG は、その後次第に姿を消していってしまいます。いつだったか正確に覚えていないのですが、研究室の先輩の千代倉弘明先生(慶応義塾大学客員教授、ラティス創業者)と SIGGRAPH(グラフィックス関係の世界最高の学会)に参加した際、Voelcker先生が講演で “CSG is dying” と言っていたのを聞いて驚いた記憶があります。

鳥谷:
確かに、一番 3D を必要としている自動車や航空機業界にとっては、円柱や球といったプリミティブ形状を組み合わせて 3D モデルを構築する CSG では限界がありますね。結果的に現在の 3D CAD のほとんどは境界表現ベースになっていますよね。

鈴木:
そうです。自動車のボディーはプリミティブは表現しようがないですね。

さて、自己紹介に戻ると、私は、博士課程になってから当時研究室で開発していた GEOMAP-Ⅲ というベジェ曲面による自由曲面を含んだソリッドモデラーの開発に参加しました。境界表現のモデラーではセットオペレーションが肝ですが、交線計算の結果をもらって位相を構築するという部分を担当していました。まともに動かすのは大変でしたが、なんとか辻褄をあわせました。苦しかった思い出です(笑)。

鳥谷:
私も株式会社リコーで DESIGNBASE というソリッドモデラーを開発した際、全く同じ部分を担当していました。偶然ですね!あれは、複雑な干渉パターンをいくらでも作れるので、心が折れそうになるくらいバグがでますよね。お蔭で不屈の精神力を得ることができました。ところで、Braid博士はソリッドモデラーを商用化していきますよね?

鈴木:
そうなんです。まず、Romulus という商用モデラーを開発し、やがて、そこから Parasolid や ACIS というソリッドモデリングカーネルへと派生していきます。今では、ACIS はダッソーシステムズ(Dassault Systèmes S.E.)、Parasolid はシーメンス(Siemens AG)という CAD 業界の世界二強が所有しています。

鳥谷:
1990年代に Parasolid や ACIS と競合していたのが DESIGNBASE でした。東大時代の千代倉さんはどうしていたのでしょうか?

鈴木:
千代倉先生には色々と教えていただきました。先生は GEOMAP プロジェクトも担当しながら、独自にもくもくと MODIF の研究をしていました。MODIF は、自由曲面のモデリングに優れていて、とても評判でした。

鳥谷:
その MODIF を製品化したのが DESIGNBASE で、これらで利用された曲面の内挿技術を利用して開発したのがラティス社の XVL(eXtensible Virtual world description Language)です。そういう意味では、日本の 3D 研究の源流からの流れを汲んでいるともいえるのですね、XVL は。その後の 3D 研究はどう進んだのでしょうか?

ソリッドモデリングシステムの系譜

ソリッドモデリングシステムの系譜

鈴木:
今の 3D CAD ではフィーチャーやディメンジョンは当たり前になっていますが、そういった図面に書かれている情報をどのようにソリッドモデルに表現し、エンジニアリングの領域で活用していくのか、いわゆるプロダクトモデリングの検討が始まっていました。企業ではボーイング(The Boeing Company)や、GM 、フォード(Ford Motor Company)、そして大学からも優秀な人が参加して、製品情報をどう扱うのかを議論していました。私も博士課程ではプロダクトモデリングの研究をしました。

鳥谷:
それは境界表現の上にどのようにフィーチャーや、PMI(Product Manufacturing Information)を表現するということでしょうか?

鈴木:
おっしゃる通りですが、当時は、そもそもフィーチャーとは何か?ということがはっきりしていなかったので、そこから議論をしていました。また、当時は CAD が乱立しており、何とか標準化してやらないといけないねという認識がありました。IGES(Initial Graphics Exchange Specification)が使われていたのですが、いろいろと問題がありました。標準化もしたいし、さらに PMI も表現したいと考えていて、そこから STEP(Standard for the Exchange of Product model data)のような標準が生まれていったのです。

鳥谷:
XVL の開発でも設計と製造の部品表(E-BOM/M-BOM)や組立手順をどう表現するかで、ずいぶん悩みました。

鈴木:
それも根っこは同じです。設計者の見ているモデルと、ものづくりの人が見ているモデルは違います。上流の人は機能の観点で見ていますし、下流の人は製造容易性の視点で見る。製品とは何か、アセンブリとは何か、フィーチャーとは何か、ということが基本的な問題になります。

実は、この問題は、対象をどう表現するかという、データベースや人工知能の観点でも重要で、データモデリングや知識表現の問題としても議論されていました。そのような中で、私は最初にプロダクトモデリングの中でもパラメトリックモデルに取り組みました。

鳥谷:
パラメトリックといえば、1990年代に出現した PTC社(Parametric Technology Corporation)の Pro/Engineer(現 Creo Parametric)の性能は衝撃的でした。それに続いて Windows 上では SOLIDWORKS が出てきます。

鈴木:
Pro/Engineer は、幸いにも私が学位を取ったしばらく後に登場したのですが(笑)、モデリングの履歴を取っておいて再実行するという原理は、皆分かっていたと思うのですが、計算時間的には禁じ手でした。PTC は、そこをうまく回避したと思いました。我々のような応用から来た人たちが研究をしていると、応用数学系の人が整理してくれて理論的な体系ができる。そこでアカデミック的には 1つの時代が終わって、産業化が始まるのです。

鳥谷:
そういえば、鈴木先生はラティス社の長年のパートナーでもある株式会社エリジオン(以下 エリジオン社)の取締役もやられていましたね。

鈴木:
プロダクトモデリングで STEP の開発にも参加しながら、私は点群処理やメッシュモデリングに取り組み、ポリゴンの可能性を研究していました。3D CG(3次元コンピュータグラフィックス)の世界でもポリゴンモデリングが盛んに研究されるようになってました。また 90年後半になるとラピッドプロトタイピングの第1次ブームが来ます。今の 3D プリンタですね。3D プリンタ用のポリゴンモデル技術への取り組みをはじめとして、エリジオン社とお付き合いをする機会がありました。そして、法律が制定されて、企業の社外取締役に大学教員がなることができるようになり、私はその適用第一号としてエリジオン社の社外取締役になりました。

現物の双子、3D デジタルツイン

鳥谷:
第一号とは知りませんでした。産学共同の先駆者だったのですね!その後、X 線 CT の産業への応用にも取り組まれていましたよね。

鈴木:
2000年に入り、トヨタ自動車株式会社(以下 トヨタ自動車)さんで、産業用の X 線 CT を使って試作品をリバースエンジニアリングしたいという話がありました。ダイキャスト部品などに気泡が入るので、CT はその気泡の検査をすることには使われていましたが、トヨタ自動車さんは先進的で、それだけでなく試作品の CT データからリバースをして CAE をしたいと考えていました。

つまり、試作品の現物形状と設計の CAD 形状は異なっていて、現物形状で CAE をしないと実験と合わないということでした。それで CT データを使ったリバースについて共同研究を行いました。それが起点となって、今でも大竹豊准教授と研究を行っています。日本では CT によるリバースは、最近になってようやく注目されるようになってきたのですが、海外では景色が違います。

例えば、ドイツのフラウンフォファー研究所に車一台をそのままスキャンできる超大型の CT 装置が作られていてます。

BMW(Bayerische Motoren Werke GmbH)ではロボットを使った CT 装置が使われています(参考記事)。さらに、CT データを使ってリバースした CAD データを売るという会社も出ています。

鳥谷:
それは面白いですね。デジタルベンチマーキングですね。CT データから全自動で CAD モデルを生成するのでしょうか?

鈴木:
念ながら CT スキャンだけで自動で 3D 生成をするのは未だに困難で、人海戦術でリバースを行っています。車両をバラバラに分解してから非接触のサーフェススキャナーで計測したりすることでもできますが、分解すると部品の形状が変形してしまいます。CT は組立状態のままで形状を計測できるのが特徴です。しかも非破壊です。

鳥谷:
その会社では、日本車もリバースされているのでしょうか。

鈴木:
それが日本車は一台もないと聞いています。すでに十数台はリバースされていると思いますが、基本は EV のみです。自動車業界で EV を作ろうとした際に、経験値の低い設計課題にぶちあたることが多いからなのでしょう。

鳥谷:
EV 市場には新興メーカーが乱立していますから、ニーズも大きいのですね。ところで、日本の自動車業界のデジタル化についてはどう思いますか?

鈴木:
デジタルエンジニアリングの領域で言うと自動車業界は非常に進んでいます。素晴らしいのは、それでも危機感をもっている会社が多いという点です。3D デジタルツインという観点で、スキャニングにも興味を持ってくれています。私の研究室でもスキャンデータの自動 CAD モデル化に挑戦していますが、人間が意図を持って作成した曲線をスキャンデータから再現するのはまだまだ難しいですね。AI が必要と思っています。

アセンブリ―をCTスキャンしそれを部品ごとに分解。更に部品の表面をメッシュ化する技術。東京大学系研究科の鈴木・大竹研究室で開発

画像提供|東京大学 鈴木 宏正 教授

鳥谷:
それが実現できれば鈴木研究室が日本の産業界に大きく貢献できますね。是非、全自動 CAD モデル化を実現して、現物をすべて 3D モデル化していただけませんか。そうすれば、現物をすべて XVL にして 3D デジタルツイン化してしまえば、ラティス社も日本の製造業の DX に貢献ができます。最後に、ラティスについて一言いただけないでしょうか。

鈴木:
XVL という技術は、国産の 3D 技術で生き残った稀有な存在です。それはすなわち日本のモノづくりに即していたからなのでしょう。これからも頑張ってください。期待しております。

鳥谷:
鈴木研究室とも連携して、日本の製造業に 3D で貢献していきましょう。本日は長時間に渡り、ありがとうございました。

END

・XVL はラティス・テクノロジー株式会社の登録商標です。
・その他記載されている会社名および製品名は各社の登録商標または商標です。

(参考情報)
・XVL:紹介ページ(サイト内ページにリンク)
・3D デジタルツイン:紹介ページ(サイト内ページにリンク)
・専門用語参考サイト:3次元CAD用語集(一般社団法人コンピュータ教育振興協会(ACSP)サイトにリンク)

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